インターハイ優勝! 佐野日本大学高等学校 水泳部(競泳) 後藤 結愛 私は、8月に広島県で行われた全国高等学 校総合体育大会水泳競技大会に出場し、100 mバタフライで優勝することができました。 今まで努力してきたことが全て繋がった瞬間 で、とても嬉しかったです。 全国中学では3位、そして昨年も3位とい う結果で悔しい思いをしてきたので、今年こ そは絶対に優勝したいという強い気持ちで練 習に取り組むことができました。日々の練習 では、常に本番のレースを意識し、一つひと つの動作に集中して確認しました。水泳は 0.01という単位で勝敗が決まる競技で、目標 タイムの58秒台を出すために小さなことでも 改善できるように努力しました。さらに、前 日の競技、50m自由形で決勝に残れなかった 悔しさをバネにして翌日の100mバタフライ に挑みました。 予選を1位で通過し、決勝では全国のライ バルたちの存在に緊張やプレッシャーを感じ ましたが、完璧なレースをするという気持ち で臨みました。ゴールした瞬間、タイムは58 秒64で1位を取ることができ、さらに自己ベ ストを1秒以上更新することができたという 達成感がありました。 私がこのような結果を出すことができたの は、家族、コーチ、先生、一緒に練習してい るチームメイトなど、支えてくださった多く の方々のおかげです。これからも感謝の気持 ちを忘れずに、競技を続けていきたいと思い ます。 今後の目標は、世界の舞台で戦える選手に なることです。さらに高いレベルを目指して 努力を続けていきたいです。 皆で勝ち取ったインターハイ優勝 栃木県立栃木商業高等学校 フェンシング部 中浦 秀哲 インターハイ優勝という結果は、決して一 人の力で得られるものではありませんでした。 これまで関わってくださった方々、両親、そ して姉の存在があったからこそ、困難な壁を 乗り越え、多くの経験を積み重ねてようやく 形にできたのだと感じました。 私は幼稚園の年長の頃からフェンシングを 始めました。きっかけは姉の存在です。姉は もともと新体操をしていましたが、ある大会 会場でフェンシングを体験し、この競技を始 めました。私は家族と一緒に姉の練習や試合 をよく見に行っており、一本を突くごとに上 げる雄叫びや、試合での真剣な姿に強く憧れ を抱いていました。「自分も姉のように、そ して自分にしかできないフェンシングがした い」と思ったのが、始めたきっかけだったと 記憶しています。 小学生最後の全国大会では2位という結果 を残しました。決勝戦は一本勝負となり、負 けた瞬間、膝から崩れ落ちたのを今でも鮮明 に覚えています。安堵の気持ちと同時に、あ と一本を取れていれば優勝だったという悔し さも強く残りました。その後、日本代表とし て小学生のカテゴリー別世界大会に出場し、 団体・個人ともに3冠を達成することができ ました。当時は「もう誰にも負けない」とい う自信があり、その勢いのまま結果を出せた のだと思います。 中学進学を前に、両親が私に2つの選択肢 を与えてくれました。「このままフェンシン グを続けるか」「本格的に競技と向き合うた めに一人で栃木に行くか」。両親は「どちら を選んでも全力で応援する」と言ってくれ、 その言葉が後押しとなって、栃木へ行く決意 をしました。 しかし、中学3年間は思うような結果を残せ ませんでした。フェンシングが好きになれず、 -202-
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